その星をつかむまで【2】

駅のショッピングモールの中層階にあるイタリアンの店に着くと、並んでいるお客さんには目もくれず、紘子ちゃんは店内へと入っていった。

外で待っていると紘子ちゃんが出てきて私を見てあからさまに顔をしかめた。そして「何やってるんですか、早くしてください、席あるんで」と苛立ったように言う。

店内に入ると、一番奥の窓際のテーブル席に案内された。テーブルの上には「Reserve」と書かれた札が置かれている。
「予約してくれてたんだ」
お礼を言うと彼女は「知り合いがいるので」と怒ったように言い、手前の席に座った。

人気店なのか、満席の店内は活気にあふれていた。隣の席からも楽しそうな笑い声が聞こえ、私たちの席とはずいぶん対照的だと思った。

ランチのオーダーを終えると、席についてから初めて紘子ちゃんが口を開いた。
「いつぶりでしたっけ、会うの」
紘子ちゃんの方を見ると、彼女は手元のスマホをいじっている。
「2、3年…くらいじゃないかな」

紘子ちゃんから連絡がきたのは数日前、突然だった。話したいことがあるから会いたい、というメッセージが入っていた。

断る理由なんて探せばいくらでもあったのに、私は反射的に了承していた。
彼女がなぜ私の連絡先を知っているのか、どんな用件なのかは聞かなかった。

「結婚生活は楽しいですか?来てくれたってことは、まだ子どもはいないんですよね?」
いつのまにか紘子ちゃんはテーブルの上で重ねた私の手をじっと見ていた。左手の薬指にはめた婚約指輪。ダイヤがたくさんあしらわれ、私の指には分不相応な煌びやかな指輪だ。

「入籍はまだなの。色々あって」
「色々…?」
紘子ちゃんがわかりやすく眉をひそめる。
「色々って何ですか?」
答えずにいると、彼女はさらに眉間にしわを寄せて続けた。
「いつするんですか?結婚」
でも、私の方を見ようとはしない。
「もうすぐ」
「前に言ってた婚約者ですか?それとも別の人?」
一瞬、言葉につまる。でも、はぐらかすような言葉も選べる言葉もない。
「同じ人。もう30だし、そろそろ」
「もう2年以上も経つのに、まだ結婚、してなかったんですね」
紘子ちゃんは短くため息をついて、それから抑揚のない声で小さく言った。
「とりあえず、おめでとうございます」
「ありがとう」
「でもその指輪、全然似合ってないですから」
紘子ちゃんは、蔑むような眼差しで私の手元を見ている。
「派手なだけで、財力を誇示してるようにしか見えない。趣味悪すぎ」

窓から差し込む日差しを受けて、指輪はいつも以上に煌めき、その存在感を増していた。
左手でテーブルの上のグラスを手にとり、水を一口飲む。

その瞬間、口の中にふわりとレモンの香りが広がって脳を刺激した。

――俺レモン水嫌い。まずいんだもん。
その風味に、忘れていたはずの記憶がまたひとつ呼び起こされる。

「話って、なに?」
記憶を押し込めるように紘子ちゃんに目を向ける。
紘子ちゃんは私を一瞥すると、窓の方に顔を背けて頬杖をついた。
「話?何でしたっけ」

彼女が今、何を考えているのかは見当もつかなかった。でも、少なくとも今は話す意思がないことだけはわかり、私も窓の外、眼下の景色に目を向けた。

窓際の席は見晴らしが良く、街の様子がよく見えた。
見覚えのある駅前のカフェは好立地のせいか、あの頃と変わらず人の出入りが激しい。カウンターの前から店の入口にかけて人が列をなしているのがここからでもよくわかる。

出たり入ったりを繰り返す人たちをぼんやりと眺めながら、いるはずのない面影を、その人波の中に無意識に探してしまう自分がいた。

髪型、背中、そのシルエット。

だけどそれが会いたいからなのか、それとも会いたくないからなのかはよくわからない。

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