その星をつかむまで【3】

「そういえば私、この前アメリカに行ってきたんです」

ぽつりと、ひとり言のように紘子ちゃんが言った。
一瞬、周囲のざわめきが消えたような気がした。
声につられて前を向くと、その日初めて紘子ちゃんと目が合う。

「そうなんだ。旅行?」
今度は私が目をそらした。
もう一度窓の外に視線を向けて冷静を装ったのに、声が少し震えたのがわかった。

「会いに行ったんです、今宮に」
「……」
「元気でしたよ、あいつ。日本よりもやっぱり向こうの生活の方が合ってるみたい。日本にいた時よりも生き生きしてました」
その話を聞き、なぜ今日呼び出されたのかを理解した。というより、どこかでそれをわかっていたような気もする。

出会った時から私を敵視していた彼女が私を呼び出す理由なんて、思えば最初からひとつしかなかった。

「まあでも麻美さんにはどうでもいいことですよね、もうすぐ結婚するんだから」

紘子ちゃんは細い針を突き刺しその反応を探るように、私への言葉を選んでいるようだった。

何も言えずにいるとパスタセットが運ばれてきて、話は中断した。
サラダと付け合わせのパン、それから紘子ちゃんのカルボナーラと私のアマトリチャーナ。
食欲をそそる香りが棘のある空気を緩和する。

さっきのやりとりで満足したのか、紘子ちゃんはカトラリーからスプーンとフォークを取り出すと、出されたばかりのパスタを早速フォークに絡め始めた。
休戦の合図だと解釈し、少し遅れて私も食事を始める。
サラダ、それからパスタ。
でも、味はよくわからなかった。
パスタをフォークに巻きつけるたび、スプーンを持つ左手のダイヤが日差しを反射し、その煌めきが何度も目を刺し食欲を奪っていく。

パスタを半分ほど食べたところでフォークを置き、もう一度窓の向こう、駅前のカフェに目を向ける。
人波に見え隠れするあの日のおぼろげな面影。心の奥まで見透かすようなまっすぐな眼差し、幼さの残る笑顔。

今にも消えそうな残像が浮かび上がっては消えていく。

忘れもしない、3年前の、こんな穏やかな春の日。

私と彼は、この街に…あの場所に、確かに存在していた。

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