その星をつかむまで【0】

あのころ、私たちは薄暮の空をよく一緒に見ていた。
昼と夜の狭間で、星を見つけると彼はいつも空に向かって手を伸ばした。
何をしているのか尋ねると、彼は星を見たままこう答えた。
「あの星をつかまえてる」

その時の横顔は今でも覚えている。
目が、眼差しが、きれいだと思った。
「子どもじゃないんだから」
そう言うと、彼は手の角度を変えて「ほら見て」と言った。
「こうすれば手の中に星があるように見えるでしょ」
覗き見た彼の指先、その隙間には、小さな星がきらめいていた。

「……」
言葉が声にならず、飲みこむと、彼が星に触れたまま小さくつぶやいた。
「届かないってわかっててもさ、身体が勝手に動くんだ」

大人になると忘れてしまう大切なこと。
例えば自分の本心とか、夢を叶える勇気とか。
世間の常識に染まり、諦めることを覚え、自分の気持ちに嘘をつき、ただ常識で塗り固められた理性で生きる。
それがきっと「大人になる」ということ。
だけどそれは歪でとても苦しい。

「わかってるよ、届かないことくらい。でも手を伸ばさなきゃ近づくこともできないから」
そう言った彼の声には挫折を知らない強さがあった。
頼りなさと同時に根拠のない希望があった。

あのころ、私たちがあの空に見た小さな光は何だったのだろう。
記憶は色を失い少しずつ風化していく。
けれどもあの日の声は、言葉は、夜空の星のように、心が黒くなるたび小さな光を見せてくれた。

彼がいなくなった今でも、私の中で、ずっと。

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