「人生100年時代」をどう生きる?

「人生100年時代」と言われています。

「人生100年時代」という言葉は、ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏が著書『The 100-Year Life: Living and Working in an Age of Longevity』で提唱した概念(?)を、翻訳版である『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)で日本語化した言葉です。

急速な長寿化により、先進国では2007年生まれの2人に1人が100歳を超えて生きる「人生100年時代」が到来することを予測し、これまでとは異なる新しい人生設計の必要性を促がすもの。

今までの人生設計は

・学び20年
・仕事40年
・休み20年

という「教育・仕事・老後」の3段階が一般的な軸として考えられていましたが、人生100年が一般化すれば、3段階の区切りではなく、人生の選択肢が多様化することが予想される、とのこと。

「人生100年時代」という言葉、そして考え方は、日本では書籍の発売以降、メディアで取り上げられたり、小泉進次郎氏が使用したことを機に広く浸透したそうです。

そして2017年9月には「人生100年時代構想会議」が設置され、2018年6月には「人づくり革命 基本構想」が発表されるなど、政策への反映も進められているそうです。

100年という長寿が良いことなのかどうなのかは難しいところですが、寿命がのびたことにより、私たちは新しくまた生き方を見直さなければならない時にきているような気がします。

そんな中、ここ1ヶ月くらいで、対照的な2人の方のお話を聞く機会がありました。

1人は早く今世を終わらせたいという方。
そしてもう1人は第2の人生をそろそろ考えたいという方。

2人とも同じ50代前半です。

どちらのお考えも理解できるし、何よりリアルだな、と思いました。

人生100年と考えると50歳なんて折り返し地点。第2の人生、という言葉もしっくりきます。

でも、100歳まで健康寿命を維持できるのか、そもそも最低限の生活ができるだけの経済力を維持できるのか…

人生100年を見据えて長生きすることを考えると、生きるためには色々なことが必要になってきます。

また、私が最近よく考えるのは、老人ホームで暮らす祖母のこと。かなりの高齢だということもありますが、普通に動くのもままならない状態です。

もし自分が祖母の立場だったら…と考えたとき、そのような状態で自分は何を思って生きるのだろう、と考えをめぐらせたのですが、正直、生き長らえる意義のようなものを見出すことはできませんでした。

1人で動く力もなく、自由もなく、生きる。
私はここにどんな幸せを見つけることができるのだろう、と思うのです。

ただ、なんとなく今うっすらと感じているのは、健康寿命が長ければ問題ないのかというと…多分それだけでもダメなのだろうな、ということ。

余生を楽しむ気持ちを持てなければ、生きる意味を見出せなければ、自由があってもきっと…私の思う「生きる」ことにはなりません。

そんなことを考えていたら、将来のために貯蓄をすること、健康を考えストイックな生活を送ること…どこまで必要なことなのかわからなくなってしまいました。

例に挙げたおひとりの考え方のように、延びた寿命を意味や使い方がわからないなら、100年がんばる必要もないのではないか…と。

今、人類はどこに向かっているのでしょうか…?

生き方、そして死に時。

皆さんはどのようにお考えですか?

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