山登りは人生の縮図なのかもしれない〜チャレンジクリア後の新たな自分と出会うために〜

月が山羊座にある日なので、今日は「山登り」について。

ちょっと前のことになりますが、パワースポットと言われている小さな山を1人で山登り…ではないですね、トレッキングする機会がありました。

この時は火星の力を借りることのすごさを書きたくてめっちゃポジティブにその時の様子を書いていますが、白状すると、実際はこんなライトだったわけではなく、どちらかと言うとネガ強めで、後になってからも地味に色々と考えたり自問自答していたのであります(画像の彩度と明度の違いからもおわかりいただけるかと思います・笑)。

なので、最近ただでさえ文章が揺れがちなのに、さらにとりとめがなく、ブレストみたいな内容になってしまっていますが…。

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その日、お山入りをし、数時間そこに身を置くことで、何か霊的な体験や劇的な変化が起こることをものすごーく期待して入山したわけですが…

悲しいことに、「期待したことは起こらない」が定説になりつつある私の人生、まあ期待するようなことは何もなく…

期待を裏切られたことも含め、結果的にはむしろ辛いことが多いトレッキングとなってしまいました。

熊野古道、白神山地…多くはないけれど、過去体験したトレッキングはどれも心地よいものばかりだったし、この山も前回歩いたときは感動しきりだったので、こんなに辛かったトレッキングは人生で初めてだったかもしれません。

すごく楽しみにしていたはずなのに、入って5分もしないうちに「もう出たい…」と思ってしまっている私がいました。

そして、限界を越えた足腰に鞭打ち、ものすごい速さでトレッキングを終えました。前回は2〜3時間かけて堪能した同じコースを、今回は止まらず早足で進んだこともあり、なんと所要時間45分という短時間で制覇。

これはさすがに予想外だったので、下山後、売店で水分補給をしながら、火事場の馬鹿力というか、想定よりもはるかに短い時間で物事を終わらせることってできるんだなと、それだけが今回の自分にとってのポジティブな気づきだったようにも思います。

それから、精神を鍛えるための苦行でしかなかった今回のトレッキングで、道中、ずっと考えていたことがあります。

それは、山登り(トレッキング)は人生みたいなものなのかもしれないなあということ。

何か達成したい目的があり、山に挑む。でも、すぐに下山をすることはできず、楽しくても辛くても、入ったら最後、下山するまでとにかく先に進むことしかできない。

でも、その道中をどう過ごすのかは、自分で選択することができる。

(入山間もなければ後戻りという選択もできましたが、私にはその選択肢がまったく頭にありませんでした)。

今回、山に入ってから山を出るまで、私は周りの景色を楽しむことも、深い木々の中で深呼吸をすることも水を飲むために立ち止まることもできず、「早くここから出たい…」その一心で、ただ前進を続けていました。

山の中は蒸し暑くて滝のような汗。
道は所々ぬかるみ、疲れた足を休めたり水を飲むために立ち止まれば瞬時に蚊の群れの標的となり、蚊だけでなく飛び交うセミやアブや蜂に体当たりをされ、時折、蜘蛛の巣にも行く手を阻まれ…

日常から隔離されたその場所を、状況を、楽しむ余裕もなく、派手な柄のキノコをまじまじと観察することもできず、もしかしたら今回は入山したこと自体、神様たちに歓迎されていなかったのかもしれない…という疎外感のようなものを抱きながら、ただもうそこから逃げるように、無心で山の中を歩く時間が続きました。

そして、このトレッキングに自分が本当は何を求めていたのか…歩きながら、ずっと自問自答していたように思います。

その時は意識してはいませんでしたが、もしかしたら、自分でこうすると決めたことは何があってもやる、ということを自分自身に証明するとともに、辛いことや嫌なことがあっても逃げない自分(正確には逃げられなかったのですが)、やり遂げることのできる自分を実際に体感したかったのかもしれません。

そして、立ち止まって休むたびに瞬時に集まってくる蚊も、私にとっては嫌なことながら、1つの学びというか気づきに。

その時の蚊は、大きな被害はないけれど人の血を吸う煩わしい存在の象徴(人)で、そのような人たちや状況に対して自分がどうするのか、ということもまざまざと見せつけられた気がしています。私はそれらをすべて振り払って、そもそも服にも身体にも蚊を止まらせたくない、と思いましたが、これは私の性格だからそうなっただけで、これが他の人だったら、ちょっとくらい血を吸われても気にせず、蚊から逃げるようなこともしなかったのかな、と思うと、まさに生き方の姿勢が出ている…と思いました。

私は、数十匹の蚊に周囲を飛ばれることさえも嫌だから、坂道で足が上がらなくなっても歩みを止めず、服に止まるものはすべて払い落として、水を飲むのも歩きながら行い…そういう状況では限界を超えた足も、さらにスピードを上げることができることを知りました。何事も気持ちというか…いつもの「もう無理」はそこまで無理じゃないということですね(笑)。

そもそも、「蚊を気にしない」ができたらもっと違う時間になったのでしょうけど…私には無理でした。

この「蚊に襲われる」経験は、45分で下山したことと同じくらい、私にとって何か象徴的な出来事となりました。

そして、トレッキングからしばらく経った今、思うのは、ここで私は何を得たのか、何を得たかったのかということ。

私はこの時、「チャレンジの末に、例えば山頂からの絶景という宝物」のような何かを得られることを期待していたけれど、実際にはわかりやすいご褒美のようなものは何もなく、むしろ行かなくても良かったのでは?と思うような辛いことばかりで…正直落胆した。

一方で、逃げるようにではあったけれど、自分の心身の限界を越えて辛い山道を見事制覇して、思いもよらないような早さで下山を成し遂げたという事実を得ることができた。

もしかしたら、本当は、本当の目的は…肝試しならぬ気持ち試しをして、自分の精神力がどの程度保つのか、自分の心身がどこまで耐え得ることができるのか、身をもって知りたかった、確認したかったのかもしれません。

山登りは人生の縮図のようなもので、実際に同じようなことを人生で体験するかどうかは別として、この時の体験は擬似体験として人生の糧となる…そんな気がしました。

辛いことも楽しいことも全部。

「もう嫌だ」とあれだけ思ったにも関わらず、きっと私はまたあの山に入山するのだと思います。ちょっと勇気がいるけれど、その不安や怖れを乗り越えて、決めたことを達成する自分と出会うために。

(それに、虫除けスプレーをしたり服装を見直せば、今回感じた嫌な気持ちの半分はなくなるはず…)。

最後までお読みくださり、ありがとうございます。
この先の人生でも、チャレンジの果てに、見事それを達成することができた自分と出会えることを願って。

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